週間ダイヤモンド 2003/12/13
 探訪 小さな巨人たち で紹介
 
  ファースト電子開発株式会社
 無線技術を核に世界に挑む
アナログ回路のパイオニア

基板の上にトランジスタ、コンデンサー、抵抗器などをレイアウトし、はんだ付けする。部品一つを変えたり、配列を変えるだけで、音質や感度が変わる。若かりし頃、そうやってラジオや無線機を作り、電子回路を学んだ人は多いに違いない。そうした人たちのなかから、日本を世界一のエレクトロニクス大国たらしめた偉大な功労者も登場した。 時を経て、アナログ電子回路は集積回路、システムLSIへと急速に進化していく。しかし、量産とは無縁のニッチ市場では、今もアナログ回路は活躍している。ファースト電子開発は、突出した無線技術を中核に、次々と高性能のアナログ電子機器を生み出してきた企業だ。 若い頃からアマチュア無線の魅力にはまり、大学で電子工学を学んだ伊藤義雄社長は、卒業する頃には、当時まだ珍しかったマイクロ波の無線送・受信機を一から設計できるほどの技術屋だった。入社した沖電気工業で、彼が主担当として開発した日本初の船舶用レーダーは、世界的なロングセラーとなった。
1967年、独立してファースト電子を創業した伊藤社長は、無線関連機器を中心に、次々と画期的な商品を生み出していく。たとえばアマチュア無線で使用する、音量を增幅させるオーディオコンプレッサーは、瞬く間に全国の専門店に行き渡り、さらに世界中に輸出された。 しかし10年もすると、台湾、韓国、香港の技術力が上がり、ファースト電子の無線機器は、発売の数ヵ月後には安いコピー品が市場に出回るというイタチごっこを繰り返すようになる。 当然、徐々に売れ行きは落ち、利益も薄くなっていく。
「この時期に、 方針を大きく転換することを決めました。技術的に難しくて、さらにニッチな分野。2番手が参入する頃には、市場に商品が行き渡つてしまう様な分野を狙うことにしたのです」

あらゆるレースのタイムを計測する無線技術
 それからファースト電子が生み出した商品は数知れない。なかには、80年代に開発した介護用の無線通報装置や侵入者警報・通報装置、万引き防止センサなど、時代を先取りし過ぎて売れなかったものも多い。 そんなファースト電子が大きな成功を収めたのが、スポーツ用の無線計時器だ。
90年、ヨーロッパのスキー連盟は、競技用の無線計時器を世界に公募した。
当時のスキー用計時器は有線だったため、設置が大変で、無線化が切望されていた。その公募に手を挙げたタグ・ホイヤー社が、日本の小さな無線機メーカーである同社に開発を依頼したのだ。しかし無線化するには計測誤差という大きな壁がある。1000分の1秒を争う競技に、それはあってはならないことだ。センサがスタートを読み取ってから、デジタル信号 に変換して発信し、受信側が読み取るまでの時間(伝達遅延時間)が短ければ短いほど、 計測誤差は出ない。 スキー連盟が要求した伝達遅延時間は、1000分の5秒。結局その条件をクリアできたのは、ファースト電子のみだった。
このシステムは全世界のスキー競技のほか、カーレース、陸上競技など、至るところで活躍し、現在では世界シェア70%を誇る。それ以降、同レベルの計測器は未だに登場していない。「じつはこれは、特許出願していません。特許で公開しない限り、まねのできないノウハウが詰まっているからです」最近では島津製作所、花王、営団地下鉄、NTTアドバンステクノロジなど、大企業へのOEM供給や、共同開発の依頼も多いという。
「日本の電器メーカーは、どこもすごい大会社になった。私は経営が下手でそうならなかったけど、しかし彼らが出来なくなった技術が、ここにあるのです」大企業と零細企業が手を組み、技術立国日本のアイデンティティを死守しようと願っているのだ。文・嶺竜一(エフ

 

週間ダイヤモンド2003.12/13 探訪 小さな巨人たち で紹介
 
 探訪小さな巨人たち? ファースト電子開発
無線技術を核に世界に挑むアナログ回路のパイオニア
基板の上にトランジスタ、コンデンサー、抵抗器などをレイアウトし、はんだ付けする。部品一つを変えたり、配列を変えるだけで、音質や感度が変わる。若かりし頃、そうやってラジオや無線機を作り、電子回路を学んだ人は多いに違いない。そうした人たちのなかから、日本を世界一のエレクトロニクス大国たらしめた偉大な功労者も登場した。 時を経て、アナログ電子回路は集積回路、システムLSIへと急速に進化していく。しかし、量産とは無縁のニッチ市場では、今もアナログ回路は活躍している。ファースト電子開発は、突出した無線技術を中核に、次々と高性能のアナログ電子機器を生み出してきた企業だ。 若い頃からアマチュア無線の魅力にはまり、大学で電子工学を学んだ伊藤義雄社長は、卒業する頃には、当時まだ珍しかったマイクロ波の無線送・受信機を一から設計できるほどの技術屋だった。入社した沖電気工業で、彼が主担当として開発した日本初の船舶用レーダーは、世界的なロングセラーとなった。
1967年、独立してファースト電子を創業した伊藤社長は、無線関連機器を中心に、次々と画期的な商品を生み出していく。たとえばアマチュア無線で使用する、音量を增幅させるオーディオコンプレッサーは、瞬く間に全国の専門店に行き渡り、さらに世界中に輸出された。 しかし10年もすると、台湾、韓国、香港の技術力が上がり、ファースト電子の無線機器は、発売の数ヵ月後には安いコピー品が市場に出回るというイタチごっこを繰り返すようになる。 当然、徐々に売れ行きは落ち、利益も薄くなっていく。
「この時期に、 方針を大きく転換することを決めました。技術的に難しくて、さらにニッチな分野。2番手が参入する頃には、市場に商品が行き渡つてしまう様な分野を狙うことにしたのです」

あらゆるレースのタイムを計測する無線技術

 それからファースト電子が生み出した商品は数知れない。なかには、80年代に開発した介護用の無線通報装置や侵入者警報・通報装置、万引き防止センサなど、時代を先取りし過ぎて売れなかったものも多い。 そんなファースト電子が大きな成功を収めたのが、スポーツ用の無線計時器だ。
90年、ヨーロッパのスキー連盟は、競技用の無線計時器を世界に公募した。
当時のスキー用計時器は有線だったため、設置が大変で、無線化が切望されていた。その公募に手を挙げたタグ・ホイヤー社が、日本の小さな無線機メーカーである同社に開発を依頼したのだ。しかし無線化するには計測誤差という大きな壁がある。1000分の1秒を争う競技に、それはあってはならないことだ。センサがスタートを読み取ってから、デジタル信号 に変換して発信し、受信側が読み取るまでの時間(伝達遅延時間)が短ければ短いほど、 計測誤差は出ない。 スキー連盟が要求した伝達遅延時間は、1000分の5秒。結局その条件をクリアできたのは、ファースト電子のみだった。
このシステムは全世界のスキー競技のほか、カーレース、陸上競技など、至るところで活躍し、現在では世界シェア70%を誇る。それ以降、同レベルの計測器は未だに登場していない。「じつはこれは、特許出願していません。特許で公開しない限り、まねのできないノウハウが詰まっているからです」最近では島津製作所、花王、営団地下鉄、NTTアドバンステクノロジなど、大企業へのOEM供給や、共同開発の依頼も多いという。
「日本の電器メーカーは、どこもすごい大会社になった。私は経営が下手でそうならなかったけど、しかし彼らが出来なくなった技術が、ここにあるのです」大企業と零細企業が手を組み、技術立国日本のアイデンティティを死守しようと願っているのだ。文・嶺竜一(エフ
 お問い合せは: toiawase1@first-ele.co.jp
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