国民生活金融公庫
   総合研究所

調査課に取材いただき、
調査月報でご紹介頂きました。
   
2005年4月号

受注先に対し価格決定権(受注価格を決める際の 主導権)を握ることができれば、大きな利点となる。
値下げ競争に巻き込まれにくく、安定した収益性を維持しやすいからだ。
 世界に通じる無線技術で不動の地位を確立した ファースト電子開発(株) アナログ回路の開発を極める、設計・製造技術で性能に大きな差が出る。
小企業でも存在感を発揮できる企業がある。

      

 世界に通じる無線技術で
  不動の地位を確立

         ファースト電子開発

 受注先に対し価格決定権 (受注価格を決める際の主導権)を握ることができれば、大きな利点となる。値下げ競争に巻き込まれにくく、安定した収益性を維持しやすいからだ。そのためには、自社にしかできない加工技術を身に付けるなど、同業他社との差別化を徹底する必要がある。

 一般的な印象では、規模の大きい企業ほど価格決定権も強いように思われる。しかし、国民生活金融公庫総合研究所 「中小機械工業の経営活動に関する調査」によると、価格決定権が「自社にある」または「おおむね自社にある」とする割合は、従業者数9人以下の企業で47.4%、10人以上の企業で43.1%と、むしろ規模の小さい企業のほうが高くなっている(図)。
 これは、小規模な企業ほど他社のあまリ手掛けない特殊な加工 ・ 製品分野に従事しているケースが多いためと考えられる。逆にいうと、そうした分野に特化したからこそ、小規模なままで存続できている面もあろう。
 電子関連機器を開発・製造するファースト電子開発(株)も、従業者数6人という規模ながら、この業界で括るぎない地位を築いている。同社の強みは、電子機器のデジタル化が進むなか、あえて無線というアナログ分野に特化することで自社の希少価値を高め、すべての受注先に対して常に価格決定権を握つている点にある。
■会社概要  ■代表者 伊藤義雄  
■所在地 東京都板橋区清水町79-2-203
■電話番号 03(5248)6644 ■資本金1,000万円 
■創業1967年 ■従業者数6人
■事業内容 電子関連機器の開発・製造 
■URL http://www.first-ele.co.jp/
■代表者プロフィール ■(いとうよしお) 
■1942年生まれ。
■芝浦工業大学電子工学科率業。 大手電気メーカー勤務を経て67年に独立、 創業。
 無線技術を応用 した電子機器の開発で高い評価を得ているそうですね。
当社は1967年の創業以来、一貫して無線用アナログ回路の設計・ 製造技術を磨いてきました。そのノウハウを武器に、高性能なアナログ電子機器を次々と製品化することで、 受注先から好評をいただいています。
 近年、パソコンや携帯電話などのハイテク製品に限らず、多くの電子機器にはデジタル回路が搭載されるようになりました。一方で、特殊な通信装置や警報装置をはじめ、今なおアナログ回路が重要な役割を果たしている分野も決して少なくありません。当社はそこにターゲットを絞つているのです。
 もっとも、こうしたアナログ製品は小ロットの特注品が大半で、市場としての成長性は見込めません。ですから、当社にとって事業規模を拡大するのは困難な状況にあります。 それでもあえてこの分野に特化しているのは、強力なライバル企業がほとんど存在しない
ため、安定した受注量を確保しやすいからです。
 具体的には、どのような製品を開発されているのでしょうか。
当社の代表作に、アルペンスキー用のタイム計測装置があります。これは、スイスの時計メーカーであるタグ・ホイヤ一社と共同で90年に開発した製品です。きっかけは、それまで有線だったタイム計測装置を無線化して設置の手間を省こうと考えた欧州のスキー連:盟が、全世界に開発を公募したことでした。それに名乗りを挙げたタグ・ホイヤ一社が、日本の総代理店を通じて当社に無線装置の開発を依頼してきたのです。
しかし、この開発には計測誤差の極小化という難題がありました。連盟が求めてきた誤差の基準は1,000分の5秒以内です。つまり、スタート地点から発信された無線信号をゴール地点の受信機が読み取るまでの時間を、この範囲内に抑える必要があったわけです。
 通常、 アルペンスキーのコースは全長2,000〜3,000メートルで標高差が数100メートルあり、雪や風向き、気温などの気象条件も不安定です。こうした環境下で正確に電波を送受信でき、常に求められる基準を満たす装置を作ろうとすると、電波の周波数の選択や感度調整などが極めて難しいのです。
それでも当社は、蓄積してきたノウハウを結集し、約6ヵ月をかけて何とか開発にこぎっけました。そして、最終的にこの基準をクリアできたのは世界中で当社だけだったのです
 このタイム計測装置は、その後スキーだけではなく自動車レースや陸上競技などにも広く採用されるようになりました。当社は現在も、タグ・ホイヤ一社に対しOEM でその装置を供給しています。
 また、最近の開発実績として、宇商航空研究開発機構 (JAXA) から受注した人工衛星用の無線通信機があります。これは、ロケットから切り離された人工衛星の状態を確認し、 正確な軌道に乗せるための装置です。字宙プロジェクトへの参加は初めてでしたが、ここでも独自のノウハウをもとに試作と実験を繰り返し、受注先に納得いただける製品を完成させました。

 アナログ回路の設計・製造で、それほどの技術差が出るとは思いませんでした。むしろ、アナログ回路だからこそ、差が出やすいのです。無線機やラジオをつくったことのある人なら分かると思いますが、基板の上にコンデンサーや抵抗器などを配置する際、部品を一つ変えたり配列を微妙に変更したりするだけで、感度や音質には驚くほどの違いが出ます。当社が、製品ごとに異なるさまざまな使用環境に応じて最適な回路を提供できるのも、まさにこの部分のノウハウを磨いているからです。
 
そして、こうしたノウハウは基本的にマニュアル化できないため、作り手の感覚や勘として蓄積するしかありません。ちょうど、伝統工芸の世界でいう“匠の技”に似ています。だからこそ、新規参入企業が少なく、長年この分野に特化してきた当社が優位性を発揮できるわけです。

図面のある注文には応じない 

すると、まったく図面もない状態で受注されるのですね。ほとんどの場合、「こんなものが作れないか」という相談から出発します。つまり、受注先からいただくのは最終製品のイメージだけで、それを形にするのが当社の役割ということになります。逆に詳細な製作仕様書や設計図の出来ている注文には、開発型メーカーとして一切応じていません。というのも、図面どおりに回路を組み立てるのは単なる下請け加工にすぎず、当社の技術・アイデア・ノウハウが生かせないからです。また、受注価格の面でも、一方的な値下げ圧力にさらされかねません。
 
実をいうと、当社も80年代半ばまではアマチュア無線で使用されるオーディオ・コンプレッサーをはじめ、量産出来る製品の製造を主力としていました。ところが、香港や台湾などから安価な製品が流入するようになると、とたんに価格競争力を失い、撤退を余儀なくされたのです。
 これを機に、当社は方針を大きく転換しました。マニュアル化できないノウハウが求められる特殊な製品にターゲットを絞り込み、受注先に対して常に価格決定権を握れるようにしたのです。この結果、量産品を手掛けていたころに比べ受注数量は減少したものの、安定した収益を確保できるようになりました。

 受注先が大企業でも、価格決定権を握ることはできているのでしょうか。たとえ大企業や海外の企業が相手でも、対応を変えることはありません。開発依頼があると、当社から価格を提示し、納得いただけない場合はすべて断っています。
 もちろん、これにより受注機会を逃すおそれは高まります。しかし、そこで妥協していては、技術の価値を自ら下げることになりかねません。それに、当社の提示した価格を不服として一度は去っていった企業でも、しばらくして「やはり他社ではできなかったのでお願いしたい」と帰ってくるケースが意外に多いのです。当社にとっては、自社の技術力の高さを確認できる瞬間でもあります。
 
つまり、規模は小さくても、大企業と対等な立場で取引を行えているのですね。規模が小さいからといって、取引上の不利益は感じません。とりわけ近年は、大企業側のスタンスもずいぶん変わってきました。自社にはない技術分野を外部に委託する場合、当社のように小さな企業が相手でも、開発のパートナーとして尊重してくれています。ですから、小規模な企業であっても、希少価値の高い技術をもっていれば主導権を握ることは十分に可能です。
 
当社では、技術の希少性をいっそう高めるために、あえて特許を取得しないようにして技術の公開を防いでいます。これにより、核となるノウハウをブラックボックス化できるからです。とくに当社の場合、手掛けている製品のほとんどが百個単位までの小ロット品ですから、特許として公開するメリットはほとんどありません。つまり、通常とは逆の方法で技術をノウハウとして機密保護していることになります。

異業種交流で受注機会を拡大
 
とはいえ、営業力などの面では小規模ゆえの不利もあるのではないですか。従業者数6人の当社にとって、営業活動には十分な人員を割けないのが実情です。しかし、インターネットが普及したことで、そうした弱みもかなり緩和されました。当社では現在、まったく営業活動を行わなくても、インターネット経由で十分な受注量を確保できています。ホームページ上に、これまでの開発実績と新しく技術を応用できそうな製品分野を掲載しており、それを見た企業から電子メールで次々と相談が寄せられるからです。
 また、96年からは東京都主催の異業種交流グループに参加することで、受注機会の拡大を図っています。現在、製造業を中心に当社を含めて17企業がメンバーとなっており、研究会を毎月開催するなど、精力的に活動しています。
 異業種交流会というと、一般に効果が上がりにくいという話を耳にします。貴社が参加しているグループはいかがですか。たしかに、他のグループの話を聞いてみると、結成から時間がたつにつれて単なる懇親会になっているケースも少なくないようです。しかし、当社が参加しているグループは、それなりの効果を上げています。
 もっとも、異業種交流が成功するか否かは、結局のところ参加企業の意識しだいだと思います。当社のグループも、取り立てて目新しい取り組みを行っているわけではありません。基本的には、自社だけでは対応できない新製品の開発案件などを研究会に持ち寄り、得意分野の異なる複数の企業が協力して製品化に結び付けるという方法をとっています。いわば共同受注に近い形態です。
 
例えば、2002年に都内の地下鉄会社から、送電所、変電所等の事故で停電し、復旧した際に電車のパンタグラフをあげ動力を始動する際に使用できる復旧用可搬電源箱を開発できないかという依頼がありました。このときは、当社が電子回路の開発を担当し、別の企業2社が機械本体と外装部分を製造することで、製品化にたどり着きました。 このほかにも、リモコン式ベルトコンベヤーや高周波放電によるダイヤモンド薄膜生成装置など、開発実績は着実に増えています。参加企業すべてが実際のビジネスに結び付けようという意識をもって取り組めば、異業種交流を通じて小規模な企業が受注機会を広げることは十分に可能なのです。
 機械工業を見る場合、成長企業ばかりに注目しがちですが、貴社の話をうかがうと小規模なままで存在感を発揮している企業もあることを再認識させられます。
 企業である以上、成長を目指すことは重要です。しかし、当社のようにニッチ市場に特化している場合には、そもそも規模的な拡大は望めません。むしろ、特殊な技術を蓄積し、小規模でなければ担えない分野で存在感を発揮することも、有効な生き残り策の一つだと思います。
 
電子機器の分野では、今後もデジタル化の動きがいっそう加速するでしょう。しかし、どんなにデジタル化が進んでも、アナログ技術が不要になることはありません。当社としても、引き続き核となる無線技術に磨きをかけ、ニッチ市場でさらに存在感を高めていきたいと考えています。
 ただし、コアはアナログ技術ですが、必要技術としてマイコン・マイコン制御・ソフト開発技術等デジタル技術分野の先進技術・ノウハウも十分保有し、利用しています。技術範囲が広いことも弊社の特徴です。

(斉藤 卓也) 






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