同社を一躍有名にした代表作が、タグホイヤー社のスポーツ競技用無線計測装置だ。アルペンスキー用のタイム計測装置を有線から無線にするため、欧州スキー連盟が全世界に開発を公募。要求された誤差は1000分の5秒以内で、これは選手のスタート時に発信された無線信号を、ゴールの受信機が読み取るまでの時間に相当する。この基準がクリアできたのは、世界中でここだけだった。

 

 主に無線応用機器やマイコン制御機器の受注開発を行う。特にアナログ回路設計を得意とし、上記の計測装置では1000分の1秒単位での計測が可能。ほかに人工衛星用の無線通信機、バッテリー消耗時の電車車両復旧装置、骨伝導スピーカー・マイクなど、開発対象は幅広い。伊藤社長は大手電機メーカー勤務時代に、日本発のトランジスタ式船舶レーダー(従来は真空管方式)を開発した技術者。

ファースト電子開発株式会社
代表取締役社長 伊藤義雄氏(63歳)
大村泰央さん(31歳)

デジタルが流行だが、形あるもののすべてはアナログ

 失明者の眼球にカメラを取り付け、受光した情報を電気的に処理し、残存する網膜細胞などを刺激して、視覚情報を視神経から脳に伝達する。SF映画のサイボーグではなく、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が2001年から始めた「人工視覚システム」プロジェクトだ。
 ただ、この事業は一度中断を余儀なくされた。機器を動かす動力は電気だが、人体に電磁波障害のない無線伝送技術が確立されなかったからだ。手を挙げたのはファースト電子開発。問題は解消され、プロジェクトは再スタートした。
「無線技術は誕生からさほど大きな発展はありませんが、分野は多岐にわたり、それぞれに固有のノウハウがあります。弊社の自慢は基礎技術の幅広さ。だから相談に来られるお客さんに、さまざまな提案ができるのです」
 ファースト電子開発は設計図のある仕事は受けない。「こんなものが欲しい」という顧客の提案から、無線機器やアナログ回路設計を開発する。ただ、「アナログ」については一家言をもつ。
「形あるものはすべてアナログ。アナログを樹木とすればデジタルは枝葉にすぎません。30代後半以前のエンジニアはデジタルと情報処理には詳しくても、アナログを知らない。危機感すら感じます」 伊藤社長自らがはんだ付けを行う同社は社員4人。社長が直々に設計図づくりから教える教育体制だ。一方では、技術非公開のためにあえて特許申請をせず、受注価格は自社から顧客へ提示するなど、独自の経営方針を採る。
「弊社では営業部門をもたず、お客さんとの窓口はHPのみです。ただ、反応がよくて依頼の半分は断らざるを得ない状況です」

約半年をかけて1990年に開発し、現在でもOEM供給を続けている。その後も自動車レースや陸上競技などに幅広く採用され、国内外の「公式時計」となった

社長と先輩社員がつきっきり、3カ月で無線機器を開発

 ファースト電子開発では一緒に働くエンジニアを求めているが、優秀な製品群から「小さいけどスゴイ会社」とおじけづく人が多いようで、「見習」も募集する。ハローワークでその求人票を見て、「やった!」と応募したのが大村泰央さんだ。手作業が好きで製版会社に勤めていたが、IT化が進んだ現状に満足できずに退職し、職業訓練学校で2年間技術を学んだ。
「学校では旋盤やフライス盤の使い方、電気・電子やC言語でのプログラミングなどを学びましたが、実務は未経験です。それでも就職できました」

 最初の仕事は「無線警報受信制御装置」の開発。住宅やビルの窓の鍵とも呼べるクレセント錠が動かされると、警報を発する無線システムだ。
「何もかもが初体験で、かなり苦しかったです。でも、社長や先輩たちが、穴の開け方、ネジの締め方、スイッチの付け方からマイコンのプログラムまで、モノづくりのセオリーをすべて指導してくれたのです。また、細かく指導するのではなく、『お前ならどうするか』を常に考えさせられる教え方でした。3カ月かかりましたが、形になって動作したときは、素直に感動しました」
 大村さんは情報処理系の専門学校卒で、プログラムには慣れていた。それもあってか、今後の目標はアナログを極めることだ。
「社長からはアナとデジを分けて考えるなと言われていますが、やはり高精度な無線機に挑戦したいですね」

事故などでバッテリーを消耗した場合に電車を復帰させる装置。車両のメーカー、形式、年式を問わず使用でき、東京メトロや都営地下鉄などに広く採用されている。

デジもアナも全部教えるからがんばれ!

 大村さんに限らず、「ひとりで全部ができる」が弊社の特徴です。お客さんの理想とする製品イメージがスタートとなるので、設計図はありません。そこで、立案、設計、実験、試作、完成、そして部品の調達までを社員に任せています。部品数が少なければ、秋葉原で購入してもらうこともあります。
 もちろん、私とほかの社員の全員でサポートし、社内のノウハウはすべて教えます。大村さんは入社してもうすぐ丸1年ですが、優秀なエンジニアに育っています。もっと仕事をお願いしたいですね。